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みんながよろこぶことが私の喜び???

同級生のブログをトラックバックしました。

「みんながよろこぶことが私の喜び」ということですが、正直僕もそんな節があります。でも、「みんながよろこぶことが私の喜び」っていうのは、結局自分のためでもあるんですよね?

「情けは人のためならず」です。

完全にみんなのためだけに生きていけれるのは、相当のセレブや出家したような人にしかできないと思う(手塚治虫のブッダには感動した)。

フィランソロピーだって、まずは会社として収入を得て、社員を養い&税金等を払ったあとにやるものだと思いますし、NPOとかにしても、スタッフの個々人の成長→組織の成長なくして、ミッションの達成ないと思います。

ミッションにたどり着くまでには、様々な試行錯誤のプロセスを経ていくものです。その間、組織を維持するために、収入を得なければいけないですし、スタッフがやめなくても済むような生活保障や、研修の準備などの必要もあるでしょう。それができてはじめて、組織としてのミッションが達成できるでしょう。

言い方悪いですが、身の程を知った社会参加こそがみんなのためになるんだと思います。

でも僕は新自由主義者ではないので、できる人だけがんばれ?じゃなく、ステップアップの機会を保障した上での身の程のことです。国際協力も然り、ODAでどんどん経済成長の手伝いしてあげるよ!!じゃなくて、開発途上国の人の参加の機会を保障することによって、自分たちの力で社会を形成できるようにエンパワメントするのが将来的によいと思います。

ということで、社会の平和?という大前提がありながらも、それが達成できるように、まずは自分が力(知力・財力・体力・精神力など)をつけて、みんなが喜んでくれるために動いていきたいですね。まぁ無理して奉仕しても逆に気を使わせちゃうし…

それがかいぬまんの「シップ」だと思います。

僕の研究テーマは、「市民社会での経験学習」。経験学習というのは、従来の上から下への学習で知識を得ることではなく、経験と学習の間の試行錯誤のプロセスで、個性を発見すること。市民社会の現場で、「参加・対話・協働」する経験学習を提供することが、社会的つながりが希薄化した今の時代にとって、重要なんじゃないかなっていう研究。
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comment

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お考えに共感!

「かいぬまん」様
 Saba様へのコメントから御伺いをさせて頂きました。

 拝読させて頂き、とても心の聡明な方と思いました。

 「・・・ODAでどんどん経済成長の手伝いをしてあげる!!!じゃなくて、発展途上国の人の参加の機会を保障・・・将来的に良い」のお考えに全く同感です。
 「参加・対話・協働」は各人の能力を高め、心の喜びを引き戻す良い方法と思っています。

 私は現役時代、今から34年ほど前からですが、職場で参加・対話・協働の仕事の展開をして、職場が生き生きとして、働く喜び、各人の成長、働く責任の自覚、活性化が達成出来た経験があります。
 良い研究をされて、目標達成をされますことを心からお祈り致します。
 良い記事に出会い感謝致します。

追伸:立教の大学院は今も池袋でしょうか。私は独身時代。池袋東口に住んでいましたので、池袋はとても懐かしいところです。やる気まんまんはとても良い生き方をされています。拍手です!!!

トラックバックありがとう!

なるほどなぁ、参考になりました。

やっぱり世代間の差がここにでるね。たどり着くところは同じであっても。

NPOに組織性を持たせるとボランティアの本質が失われてしまうし、でも大きくならないと大きな事業ができないのは事実だしね。

>宮崎さま

そんなに褒めていただけると緊張しますが、ありがとうございます。

まぁ僕はまだ会社勤めの経験がないので、これから自分の身でも体験していきたいと思って研究しています。


>sabaさま

sabaさんの考えとは、どこが世代間の差かはわからないですが???

一般的に、NPOとかでも世代間ギャップは多いと思います。よく元先生とはそのことについて語り合いますね。。。

NPO世代論は、前に書いたかもしれませんが、次のテーマはそれにしますので、ご参考まで。

世代間の差

>sabaさんの考えとは、どこが世代間の差かはわからないですが???

ごめんごめん
めずらしく晩御飯を家で用意しながらネットしてたから、あんまりちゃんとしたコメントかけなかった。

かいぬまんの文章と考え方、視点です。

「まずは会社として収入を得て、社員を養い&税金等を払ったあとにやるもの」ってとこね。基本的にこういう視点のフィランソロピーってみんなのためではなく会社のためのフィランソロピーだと、社会人経験が長いわたしはおもうのです。建前上は「みんなのため」だけどね。

本音と建前の受け取り方が、社会経験の差となって出てくるんじゃないかなと感じています。

まあ、そうやって考えると私のやってる仕事も取引先のフィランソロピーみたいなもんだ。一応非営利団体だし。
そんなわけで、どこを考え方の基点にするかに差がでるなあと感じました。思考の順序はそんなに違わないはず。

>sabaさま

まぁ本音と建前は、まだまだ社会経験がない世間知らずなもので、理想と現実が同一性していると思いますね。

ただ、企業のフィランソロピーの下りですが、別に「企業のための」って考えているわけではなく、極端に言うと、「脱税してるのに社会貢献」とか、「従業員が過酷な状況に陥っているのに社会貢献」なんて、全然社会にとって意味がないことで、コーポレート・ガヴァナンスがなっていない企業によるパフォーマンスとしてのフィランソロピーなら、地元商店街の神輿代に寄付したほうがよっぽど価値があるんじゃないかと思っています。

これはNPOとかも同じで、悲しいかな社会をポジティブな方向に変えていくはずのNPOがワーキングプア製造機関といわれてしまっているように、「社会を良くする!」って言うのならば、まずは自分たちのことも…って思います。

まぁこれも社会の裏を知らない僕の意見なので、甘いと言われるのでしょうが、Win-Win型になっていかなきゃ持続可能にならないと思います。
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プロフィール

かいぬまん

Author:かいぬまん
本名:海沼 武志
立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科をなんとか修了し、地元CATV局に就職し、目下営業中。
かいぬまんの“まん”はやせがまんの“まん”、でもやる気まんまん!!

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